Revista Comunicación

看護師の葛藤。

Publicado el 29 junio 2019 por Anncommunity

今日は。
看護師のあんこです。

看護師をやっていて、気持ちが暗くなったりすることはありませんか?
私は、何度もありました。

看護学生の時期から苦しかったのですが、患者さんが病気で悩んでいる姿や辛い治療を受けているのを目の当たりにした時はいつも辛い。と思います。

病棟で働いていた際、ある高齢者の患者さんはとてもやせ細っており、自分では身動きが取れない状況になっていました。寝返りも打てず、体位変換はヘルパーさんが行い、日中目を開けているだけでした。しかし、頭はクリアで話しかけるとしっかりと頷いたりするのです。ですので、意識もはっきりしているようでした。

意識があって、身体は動けないという状況はとても辛いだろうな・・・と思いながら毎日補液を準備したり、ルートと取っていました。しかし、ルート確保も難しい状況になっていました。何故なら、点滴を毎日行うため血管もボロボロになっているのでしょう。入る血管がもうないのです。しかし、点滴をしないと命に関わりますので足の血管からルートを確保して点滴を流すことにしました。

なるべく腕からルート確保しようとしても補液が血管からもれてしまい穿刺部が腫れてしまう患者さんもいらっしゃいます。
このように、必要な医療行為をしようとしても出来ない場合もあり、なんとか点滴が入る血管を見つけるのですが、その度に患者さんへの痛みの負担がかかります。毎回申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

声がけしても反応のない患者さんに穿刺すると、いきない「痛い」と起きたり、声を上げたりする方もいらっしゃいます。
それほど、痛みは人間にとってストレスなのだと思います。

また、あるカルチをもつ患者さんに腰が痛いから強く叩いて下さいと言われました。私は声がけしながら、強めに叩いたのですが相当痛みが生じていたのか、その患者さんは唸り声を上げていました。全身に力を入れて、歯を食いしばり、痛みに耐えていたのです。自制内の痛みではないと判断し、上司へ報告し、麻薬投与となりました。

学生時代から、看護師として患者さんへケアが出来る範囲がある事は承知していますが、いつも辛そうな患者さんを見ていると本当は逃げ出したくなることもあります。病棟で働いている時(新人ナースの頃)先輩看護師にこのことをいつも相談していました。感情移入をしてしまい、どうしたら助けることが出来るのか悩んでしまう。と話していたのです。

先輩看護師は、患者さんの全てを背負ったり、助けようとすること自体、おこがましい事だと私に教えてくれました。その助けたい気持ちは大切にすべきだが、全てを助けられることなんて出来ないと現実的な話をしてくれたのです。その現実は分かるのですが、どうしても私の中には葛藤がありました。少しでも何か出来ることはないのだろうか。その答えは、患者さんの気持ちと向き合うことでした。寝たきりで話せない患者さんは想像でしか分かりませんが、自身の主張や思いを話せる方に関してはなるべく寄り添いたいという気持ちがありました。

しかし、それは理想の話です。病棟の看護師はじっくり患者さんの話を聞いてる余裕などないのです。業務に追われ、ナースコールやアラーム音対応に追われ、仕事で精一杯なのです。患者さんによっては、ナースコールを押すことを躊躇う患者さんもいました。そんな患者さんに対してそう思わせている事も申し訳なく思ったのです。

理想と現実の溝が大きくなり、葛藤が日に日に増していきました。私はなんの為の看護師なんだろう?と。
今思えば、救急対応などの緊急的な処置が出来ることは、ICUにいたお陰で対応出来、他の患者さんの命を救うことに繋がっていますが、当時は自分の存在価値が分からずに悩んでいました。

多くの看護師の方も同じ境遇に出会うかと思います。
しかし、悩んだり、先輩看護師に相談したりすることで色々な観点から物事を見る視野は広がると思います。
どうしても辛い気持ちになったら転職して自分に合う職場を見つけられと思いますので今の自分の気持ちと向き合うことを大切になさって下さい。


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